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C.環境同好会と2000年問題

千葉高に環境同好会(後のエコミュニケーション部)が発足し、私が顧問になりました。

その頃、西暦が2000年になった瞬間に世界中のコンピュータがそれに対応できずにバグを起こし、大変なことになるのではないかと危惧されていました。いわゆるコンピュータの2000年問題です。

臨戦態勢の核弾頭が発射されたり、原子炉が暴走したり、電気・ガス・水道などのインフラが、ストップしてしまうのではないかなどが危惧されていました。エコミュニケーション部のメンバーは、当時のアメリカ大統領に手紙を書き、「核弾頭を臨戦態勢からはずして欲しい」と訴えていました。

そんな状況の中で、同好会メンバーから「電気ガス水道が止まってしまった時の状態を体験してみよう」という話が出ました。参加者約10名で早速実行です。

地震などの災害時にインフラがストップした時の千葉市からの給水量は、1人当たり1日3リットルです。生き延びるのに必要な最低限の量です。

私たちは午後4時から9時まで学校に残り、中庭で夕食を作り、その間一人当たり1リットルの水です過ごすことにしました。もちろんその間、電気ガス水道は一切使いません。ただしトイレだけは自由に使っていいことにしました。

料理のための釜は、石油の空き缶を加工して作りました。燃料は、大量にあった牛乳パックや新聞紙やその辺に落ちている木切れなど。ローソクや食材などは事前に用意しておきます。

ここで皆さんにちょっと想像して欲しいことがあります。

もし、1人でこれをやるとなると、たった1リットルの水で野菜を洗い、ご飯を炊き、味噌汁を作り、食器を洗う。さらに飲料水にもしなくてはなりません。これは相当厳しい。

しかし、10人が1リットルずつ出し合って10リットルの水を分かち合って使ったら、なんと余裕で、何の不都合も感じませんでした!これは実に大きな発見でした。

「奪い合えば足らない。分かち合えば足りる」を実感しました。
「人々がバラバラになればなるほど資源消費量が増える」とも実感しました。
仲良く暮らすことは、最高の環境対策だと思います。

ところで、すぐに夕食準備に入りましたが、早速問題が発生しました。野菜、特に泥つき野菜を洗うのに大量に水が必要だとわかったからです。しかし、ここで生徒が技術革新を起こしました。

ビニール袋に水を入れ、その中に野菜を投入すると、驚くべき少ない水で野菜を洗えることがわかりました。「おー!」という軽い感動がありました。

そして、ようやく夕食の完成。
なかなかおいしかったことを覚えています。

夕食の後片付けが終わると、生徒は地学室に集合していました。
暗闇の中で、ロウソクの灯りで反省会をしていました。
もちろん生徒が自主的に始めたのです。
ロウソクの灯りでのミーティングはなかなか幻想的でした。

そして、次々と反省点と次回に向けての改善点が提案されてゆきます。
実にテキパキと話が進み、私は感心してみていました。

この企画は生徒にとっても私にとってもとても得るものが多かったと思います。
何より、とても楽しかったですし(笑)

《 千葉高エピソード 》



卒業生の方から「当時の千葉高のエピソードを教えて欲しい」というリクエストがありましたのでいくつかご紹介します。

A.生徒の不可思議かつ合理的な行動

この話は、私が千葉高に着任してまだ間もない頃、まだ、一般的な高校教師の価値観もかなり持っていた頃の話です。

ある日のごく普通の授業時間帯に、地学室のすぐ前の中庭で、2~3人の生徒がテニスをして遊んでいました。どう見ても体育の授業ではありません。それを見た私の反応は《授業をサボっている→重罪!》でした。

しかし、不思議に思ったのは、彼らにはコソコソした所が全く見られなかったことです。私は純粋な疑問から「そこで何をやってるの?」と尋ねました。すると、「私たちのクラスは授業変更で今はロングホームルームの時間なんです。先生が、他の授業の邪魔にならない範囲で球技大会の練習をしなさいと言ったのでしています」との事でした。

「あ、そう。頑張ってね。」で、話は終わってしまいました。

しかし、この例はまだわかりやすい方です。
私の体験ではないのですが、次のようなこともあったそうです。
ある夏の暑い日の授業中のお話です。

ある男子が上半身裸で、廊下側の窓に腰掛けて授業を受けていました。これは普通に考えたらどう見ても「アウト!」です。しかし、廊下を通り過ぎる教師は誰一人として注意しません。なぜでしょうか?

実は理由は非常に簡単です。授業担当者がそこにいるからです。
「教師はどんな授業でも自由にすることができる。そのかわり、授業中に起きることは全て担当教師の責任」です。だから、決して他の教師が余計な口出しすることはありません。そして、この場合もそれが正解でした。

なぜなら、その生徒は勝手に裸で窓に座って授業を受けていたわけではなく、その前に授業担当者とのやり取りがあり、その結果としてそういう授業の受け方をしていたのです。いったいどういうやり取りがあったのか想像できませんが(笑)

千葉高着任当初、わたし自身もこの例に近いくらいの千葉高生の不可思議な行動を目撃すること連続数回。そのたびにその理由を尋ね、そのたびに「なるほど、そういう訳か」と納得することが続きました。

その結果、私が出した結論は、次の通りです。

「千葉高生がする一見どう見てもおかしな行動にも必ず何らかの必然的な事情が存在する。そして、その奇妙な行動も彼らなりのしっかりした判断の下に行われている。」

それ以降の私は、千葉高生の相当奇妙な行動を見ても「きっとそれなりの理由があるのだろう」くらいにしか思わなくなり、全く気にならなくなりました。気にしなすぎだったかもしれませんが(笑)

でも、一部在校生の皆さん、狭い通学路を横並びで歩くのは、この奇妙な行動には入りませんよ。それは通行車への単なる迷惑行為です。何よりも危険です。やめてくださいね(笑)


B.突然のイモ畑の出現

千葉高では3年生の階は1階です。その前には草原のような中庭が広がっています。次の話は、私が伝説の3年A組の担任をした時のお話です。

新クラス決定後、私は新担任として初めて3Aのクラスに行きました。
そこで初めて教壇に立った瞬間、「このクラスをまとめようとするのはあきらめよう」と思った3A。Going my way のオーラが教室中を覆っていました。

後に3Aの生徒と放課後雑談しているなかで、その話をすると、哲学者のA君から、「先生、それはそもそもクラスをまとめようとすること自体が間違っています」とご指導いただいた3A(決してイヤミではありません)。
その時私は思わず笑いながら「そうかもね」と思いました。

さすがに3年生ともなると鍛え抜かれていて、もう完全に対等な大人でした。

そんな3Aの中から「ロングホームルーム(LHR)で焼き芋大会をしよう」という声が上がりました。この話はあっという間にまとまり、すぐにでも始めようということになりました。

しかし、こんな楽しい企画でも、クラス全体がまとまるわけでもない所が3Aの凄い所です。そして、まとまらなくとも全く問題にならない所が3Aのもっと凄い所でした。
要するにやりたい生徒だけがパッとまとまってやるだけなので、それで何の問題もないのです。

生徒のやりたいことを尊重する千葉高において、庭のイモ畑化は、当然のようにあっさりと他の職員の了解を得られました。私は早速、サツマイモの苗を買ってきて生徒に渡しました。私がしたことはそこまでで、後は生徒が勝手に事を進めていきました。非常に楽です。

自分たちがやりたい事をする時の千葉高生の行動は、実に迅速かつパワフルかつ的確です。あっという間にどこからスコップやら鍬やら肥料やらを調達してきて耕し始め、あっという間に草原がイモ畑になりました。

そして、収穫の秋。
校内で誰にも邪魔にならないところで焚き火をし、そこにイモを投入。
とてもおいしかったです。

この動きは、その後の3学年の他クラスにも広がり、トマトやきゅうりなども栽培されるようになり、さながら中庭は菜園状態でした。

「我が愛しき教え子の皆様へ」へのメッセージを読ませて頂いて

本当にたくさんのメッセージを頂き、
驚きと感謝の気持ちで読ませて頂きました。
ありがとうございました。

ところで、とても多くの卒業生が、
口をそろえて言っていることが2つありました。

千葉高が今の自分の原点になっている」
卒業して初めて千葉高のすごさがわかった。誇りに思う。」

これは何気に凄いことではないかと思います。
特に1つ目が。

ところで、今回のブログは、「少しでも共感してくれる卒業生がいるといいなあ・・・」くらいの気持ちで、実は恐るおそるfacebookに投稿したのです。ところが、蓋を開けてみると、何と当初は、一晩ごとに30くらいずつシェアが増えていくではないですか!「なんだこれは?一体何が起きているんだ!?」と目が点になりました。

しかし、先日、ブログを読んでお見舞いに来てくださった2人の卒業生の話を聞いて、その謎がほぼ解けました。どうやら、その秘密は、卒業生の方々が、何となく感じていたことを私がはっきりと文章化したことにあったようです。

「自由と責任は表裏一体」
「自主自律は当然のこと」
「私とあなたの考え方は違う。でも、そのままのあなたを尊重します」

千葉高システムの高い意図が創りだすこのような千葉高の素晴らしい理念は、まるで空気のように千葉高全体に行き渡っています。多くの千葉高生たちは、それをまるで呼吸するかのごとく全く自然に吸収していたようなのです。

何の強制もなく、あまりに自然なので、意識化される機会も少なく、それ故、言語化される機会も少なかったのでしょう。だから「何となく、しかし、当然の事として感じていたという人が非常に多かったのではないかと思います。

そこに私が、皆さんがうすうす感じていたことを文章化したので、

「そうそう!そうなんだよ。それそれ!」
「そうか、そういうことだったのか」

という納得の共感が一気に広がったようなのです。
私はこれを知った時、改めて「千葉高の教育力は凄い」と思いました。
そして実に目に見えくいです(笑)。

目に見えにくいと言えば、ある学年会議の中で、ある先生が「先生方、全然生徒指導してないじゃないですか?」という発言をし、私が「そんなことはない」と言おうとする前に、別の先生が「それは聞き捨てならない。」と返すバトルがありました。
しかし、全く生活指導をしてないと見えるのも無理からぬことかなあとも思いました。

何しろ私自身が「そんなことはない」といいつつ、「じゃあ、どういう指導をしているのか?」と聞かれたときに答えようがないなとも思っていたからです。

何しろ、「生徒と一緒にいて楽しくおしゃべりする」とか「相談された時だけ相談を受ける」とか言っても「何それ?」で終わってしまいそうだからです。

しかし、私は、囲碁部創設当初の学年で、顧問として部員を強くしたいと思い、とても謙虚に囲碁の指導をすると、「ありがとうございました」といいつつ、いつの間に部員が離れてゆくとい経験を数回しました。
その私にとって、「千葉高生に対しては、差し出がましいことは本当に禁物なんだな」としか思えないのです。

それ以来私は、生活指導をするという概念は手放し、おしゃべり・雑談の中で「私はこう思う」とか「私はこういう体験をしてこう思った」と言うに留めるようにしました。そして、それを生徒が賛同するかどうかは別問題として、私が言いたいことは、その行間まで含めて十分伝わっていると感じていました。
私の千葉高生へのスタンスとしては、それで正解だったと今でも思っています。

ただし、まだ中学生の感覚を引きずっている新入生に対しては、明確な指導の意図で、千葉高の自由と責任について伝えていきました。しかし、それはやはり理念指導であって、生活指導ではありません。

我が愛しき教え子の皆様方へ             

目次

《前書き》

1.千葉高との出会い
2.衝撃の校長面接
3.千葉高校への初出勤日
4.職員・生徒を守護する千葉高システム
5.「授業を大切にする」の重さ
6.十分な教材研究の時間を確保するための知恵
7.精華・千葉高の時間割
8.短い職員会議と十分な議論の両立
9.私の大失敗
10.授業は学力検査に準ずる
11.カリスマ教師の勉強量
12.1つではない答え
13.自主自律
14.生徒がやりたいことを尊重する
15.千葉高における国旗国歌問題
16.安保闘争と千葉高システム
17、千葉高システムを維持する原動力
18、私の中の千葉高校

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
《前書き》

私は元千葉高教師であり、今、青葉病院の個室でこのペンをとっています。
悪性リンパ腫という血液のがんを得、抗がん剤治療中です。

こう書くと、まるで末期がんが、私にこれを書かせているかのように聞こえるかもしれませんが、全くちがいます。私にこれを書かせているのは、スティーブ・ジョブズの感動のスピーチの次の一節です。

「今日が人生最後の日だとしたら、私は今日する予定のことをしたいと思うだろうか。」

ジョブズは17歳の時に「毎日を人生最後の日だと思って生きていれば、・・・」という言葉に出会いました。そして、感銘を受け、それ以来33年間毎朝鏡を見て前述の自問したそうです。
私は、今回友人が送ってくれたジョブズの感動スピーチを前にして、この問いを自分自身に真剣に突きつけてみたのです。

「本当に今日が人生最後の日だとしたら、私は今日する予定のことをしたいと思うだろうか。」

しかし、この問いに初めて真剣に向き合った時の私は、肺炎を併発し、集中治療室に入り、その影響で劇的に体力が低下し、自力歩行もままならない状態でした(現在は外出も可能です)。ただ、ベッドの上で治療を受けているだけの状態です。
ですから、最初に思ったことは、

「今日の予定と言ったって、予定もヘチマもないじゃないか」

です。しかし、次の瞬間、全く異なる強い思いがこみ上げてきました。それは、

「今までの人生経験で自分が得たことを何としてもまとめ、残さなくては。そして、それが少しでも後進の方々の役に立つならば、こんなに嬉しいことはない」

という思いでした。これは、ものすごく明確で強い思いでした。
それと同時に、猛烈な勢いで噴出してきた思いがありました。それは、

「千葉高について語り残したい!」

という思いです。
皆さんが過ごしたあの幸せな時間。ある卒業生をして、「あそこまで自由と責任が見事に調和したスペースを私は未だに他に知らない」と言わしめたあの空間。あの坂の上の楽園。

最近は、千葉高も中高一貫化なども踏まえ、だいぶ変わってきたようです。しかし、私は自分が勤務していたかつての千葉高を語り残したいと強く思います。なぜなら、これは単なる郷愁ではなく、「教育の根幹は何か?」「生徒一人ひとりを大切にするとはどういうことなのか?」「自由と責任との関係」「授業を大切にするとはどういうことなのか?」という問いに対する深遠かつ明確な解答の1つがそこにあると思うからです。そして、それは、いずれまた世界が必要とするであろう古くて新しい理想の教育の理念であると思うからです。

生徒の視点では見えないけれど、教師として千葉高を見て初めて見えてくる千葉高の素晴らしさがたくさんあります。これは、私が体験した千葉高の素晴らしさの記録です。


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1.千葉高との出会い

1996年3月、千葉県立検見川高校から千葉県立千葉高校への私の転勤が決まりました。どういう天の計らいなのかわかりませんが、勉強不足の私などは、千葉高には全くふさわしくありませんでした。何しろ当時の千葉高は、一般の公立高校で東大進学数全国トップの高校だったからです。そもそも、もっと力のある素晴らしい教師がいくらでもいました。
しかし、何はともあれ決まってしまいました。身が引き締まる思いとは、まさにあのことでしょう。

「一ヵ月後には千葉高で地学の授業をしていなければならない。」

そう思うといても立ってもいられず、私は新たに0から地学を勉強しなおすために、それまでのノートやプリントや資料を全て捨てました。今までの私の半端な知識では、天下の千葉高生に通用するわけがないことは明々白々だったからです。

私は猛烈な勢いで地学の勉強をし始めました。家でも喫茶店でもひたすら本を読み、必死で授業の構想を練り、ノートを作り始めました。対千葉高生マニュアルです(笑)。相当な集中力だったと思います。しかし、本当の衝撃はその後にありました。


2.衝撃の校長面接

今でも忘れもしない3月25日の千葉高での校長面接。面接といってもテストではなく、新任高校での次年度の公務分掌や担当授業などを依頼を受けるのです。特に問題はありませんでした。校長の口から次の言葉が言われるまでは。

校長 「森谷先生、1年生の生物の授業も担当していただけませんか?」

私 「は? 生物ですか?・・・・」

校長 「はい、生物です。」

私 「・・・・・・・・」

私 「校長先生、他の高校ならばいざ知らず、千葉高校ではいくらなんでもそれは無理です。」

専門の地学の授業準備だけでも思い切りテンパッて夢に出てきそうな勢いなのに、そこに更に門外漢の生物の授業なんてどう考えても無理でした。

後に同僚となった戦友のN先生も私よりも先に校長面接があり、同様な依頼をされたそうです。それで頭が真っ白になり、帰りの本千葉駅までの道のりで電信柱にぶつかったとかぶつからなかったとか。私も全く同じ思いでした。

当然の事ながら「引き受けます」などと口が裂けても言えず、断っていると、校長が切り札を呼んで来ました。先輩の生物教師のK先生です。その先生は、第1回目の授業が 「What is life ?」 の第一声で始まるカリスマ生物教師でした。もちろん、私を説得するために来たのです。

挨拶もそこそこにK先生の口から発せられた次の言葉がまた衝撃的でした。それは、ある意味で、「生物を担当して欲しい」という校長の恐るべき依頼よりも衝撃的で、千葉高とはどんな所なのかを一言で表していました。

K先生 「千葉高においては、受験は生徒の私事です。受験のことは生徒が自分でやりますから、森谷先生は生徒にとって本当に大切だと思うことを授業でやってくだされば結構です。そして、生徒の論理的な思考能力を高めるような授業をしてください。」

衝撃を受けました。

「受験が生徒の私事?」
「そんなことを言ってしまっていいの?」

そう思いました。普通の高校では受験は最大のテーマであって、とても私事などとは言えません。
しかし、考えてみれば、もともと高校は受験のためにあるわけではありません。しかし、その当たり前のことを校長を目の前にして当然の事として言わしめる千葉高の凄みというものをこの時感じました。

「自分は今、ただならぬ高校にいる。」

そう強く感じました。
そして、自分がただならにぬ高校にいると強く感じた時に、それまでの自分の中にあったありふれた反応が崩壊していきました。

「ここでは、今までの当たり前のことなど何1つ通用しない。」
「しかし、ここには真実が生きている。」

そう思いました。
そう思ったときに自分の口をついて出てきたのは実に意外な言葉でした。

「わかりました。生物もやります。ただし、K先生、私は生物に関して本当にど素人です。わからないことだらけですので何回もしつこいくらい質問に行くと思いますが、是非全面的なサポートをおねがいします。」

(「言ってしまった・・・」)
 
K先生は快諾してくれました。そして本当に全面的なサポートをしてくださいました。K先生の心からのサポートがなかったら、私はとてもやっていけなかったと思います。

こうして、地学だけでなく、いきなり1年生の生物も担当することになりました。2週間後にはなんと私は千葉高生を相手に生物の授業までしているのです! 何ということでしょう!

こうして教材研究の量は、地学だけの時よりも明らかに3倍近くに増え、地獄の1年が始まりました。しかし、不思議なことに悔いはありませんでした。ただ、爽やかな地獄の苦しみがあっただけです。逆にあの時生物を断っていたら、大きな悔いが残っていた気がするから不思議です。

今回生物を担当することを引き受けるきっかけになったことが3つあります。
1つ目は、私自身が生物に興味があったこと。2つ目は、K先生がとても信頼できる人だと感じられ、この人のサポートを全面的に得られるならば、なんとかやっていけるのではないかと思えたこと。

そして、何よりの決め手となった3つ目の理由は、「森谷先生は生徒にとって本当に大切だと思うことを授業でやってくだされば結構です。」という一言でした。私はこの一言に打ち抜かれていました。

受験だとか、周りに合わせなくてはいけないとか、そういうもの一切関係なく、ただひたすら「生徒にとって本当に大切なこと」を授業で扱う。なんとシンプルでなんと矛盾も噓もない言葉でしょうか。どう考えてもこれが生徒にとって最高の授業です。そう思った時に不覚にも「こういう授業のためなら苦労してもかまわない」と思ってしまったのです。
きっと、多くの千葉高教師は、同じような思いで教材研究に情熱を注いだのだと思います。

そして、本当に地獄のような教材研究の日々が始まりました。毎日深夜2~3時まで必死の思いで教材研究するのが普通の日課になりました。
車を運転しながら、歩きながら、ラーメンを食べながら必死に授業のことを考え続けました。人間、勉強しすぎると本当に頭が痛くなるという事を知ったのもこの時です。

そんな時に朝の打ち合わせなどやっている暇はありません。そんなことをやっているくらいなら、その10分で寝ていたほうが健康を保てるだろうし、何よりもその10分で少しでも教材研究をすべきでした。特に勉強不足の私は。


3.千葉高校への初出勤日

4月1日に正式な千葉高職員として着任しました。いや応なく緊張感が走ります。
新任教師が次々と紹介され、次々と各種説明がなされてゆきます。さり気なく続く説明の中で、次のような説明がありました。

「ここが各先生方専用のレターboxです。ここに連絡事項などの必要書類が全て1週間前までに入れられます。緊急の場合でも必ず前日までには入れられますから毎朝必ず読んでおいてください。」

一見普通の説明です。しかし、「おや?」と思うことがありました。それは、「毎朝必ずよく読てんでおいてください」という点でした。「必ず」です。すぐ後でわかったのですが、なぜ「必ず」かというと、それが朝の打ち合わせの代わりだからです。千葉高には職員の朝の打ち合わせがないので、この連絡事項を見落としてしまうと学校全体がグチャグチャになってしまいます。

連絡事項がある教師は、期限までに確実に各教師のレターボックスに文書を入れる。それがその人の責任です。一方、各教師は必ず毎朝レターボックスを確認し、その文書をよく読んでおく。これが各々の責任分担になっています。このように各々が自分の責任をきちんと果たしてゆくことによって千葉高は、高度なシステムを維持し続けてきました。

「うっかりその文書を読みませんでした。すみません。」

これは他校の時に、私にとってはごく普通にあった光景です。しかし、千葉高ではそんなことは通用しません。それを知った時、ずぼらな私はまたもや身が引き締まる思いがしました。

衝撃の校長面接からこの日までの数々の言葉を聞いて思ったことは、

「この学校は凄い。言葉1つ1つがお題目ではなく生きている。」

ということでした。この噓のなさと先輩の先生方の言葉の端々に感じられる千葉高がもつ非常に高い意図が、「ここがまさに自分が求めていた場所かもしれない」という思いに変わっていきました。そして、出勤初日にして、自分の体が千葉高に対して急速に開いてゆくのを感じました。


4.職員・生徒を守護する千葉高システム

先輩教師の説明が続きます。

「千葉高では、職員・生徒一人一人の考え方が大切にされます。」

いったい今まで何回聞かされてきた言葉でしょうか?他校で、本で、講演会で。しかし、私自身が一人の教員として自分の考え方が大切にされたという経験をしたことはありませんでした。少なくとも自分ではそう感じていました。
しかし、千葉高はその後が違っていました。

「千葉高においてはホームルーム経営でも授業でも担当教諭が生徒にとって1番良いと思うHR経営や授業を自由にすることができます。そして、それが校長を含めて他の先生方から批判されることは一切ありません。」

「ただし、教室内で起きること、授業中に起きること全て担当教諭の責任です。」

またまた衝撃を受けました。しかし、なんと噓のないすがすがしい衝撃でしょうか。
教師としてあるべき姿まんまです。そして、まさに自由と責任の本質的な姿がそこにあり、現実に息づいていました。
軽く頭を殴られたようなショックを受けながら同時に感じたことは、

「守られている。」

ということでした。

「何かから守られている。しかも、徹底的に。」

自分を守ってくれているものの正体はその時は見当もつきませんでしたが、それが実は千葉高システムと呼ばれる独特のシステムだとわかったは、かなり後のことでした。
千葉高システムとは、壮大にして精緻、千葉高全体に張りめぐらされ、千葉高全体を守っているシステムです。
しかし、その全体像を把握すること自体が難しいものでもありました。ですから、新任の職員が、その一部しか見ることができずにいると、「千葉高のここはおかしい」と思ってしまうことがありがちです。

そして、千葉高システムは非常に高い意図を持っています。その意図は、千葉高システムによって創りだされてくるものを見ればわかります。それは次の4つに集約できると思います。

1.最高度の授業を生徒に提供する。
2.職員・生徒一人一人を大切にする。
3.自主自律
4.自由と責任

これらは、絶対的に補い合いながら、最終的には《最高度の授業を生徒に提供する》という一点に収斂しています。これこそが千葉高システムが目的とする非常に高い意図なのです。千葉高システムをスカイツリーに例えるならば、その頂点に《最高度の授業を生徒に提供する》が君臨し、全てのものがそれを支えるために組み上げられているといっても過言ではないでしょう。


5.「授業を大切にする」の重さ

理科主任からの一通りの説明が終わり、私と新たな同僚となったN先生は、地学準備室に案内されました。新たな戦場の拠点です。そこにいたのは、先輩の地学教師であるS先生です。S先生は、千葉高に15年近くもいる先生で、千葉高システムについても熟知していました。S先生から教わったことはとても多いです。

千葉高着任後しばらくしたある日、3人で雑談している時に「千葉高では授業を大切にする」という話になりました。しかし、授業を大切にするといってもいまいちピンときませんでした。あまりにも当たり前すぎる標語で、何のことやらサッパリでした。
するとS先生は、内規を出してきてあるページを私とN先生に見せました。そこには次のように書いてありました。

出張その他の理由で他の教師から授業の振り替えを依頼されたときには、たとえ6時間連続授業になっても断ってはならない。」

私が千葉高在職10年間で最も衝撃を受けた言葉がこの言葉でした。普通の高校で3時間連続授業は体力的にかなりきついです。しかし、ここでは「たとえ6時間連続授業になっても断ってはならない。」なのです。

これは、一種の狂気の沙汰でした。しかし、内規に厳然として明文化されています。私はこの一文を見て、「千葉高は授業を大切にする」ということの意味を初めて知りました。それは生半可なものではありませんでした。一種の狂気の沙汰。しかし、私はその一文に秘められた高い意図に感動していました。

「千葉高の中で教育について語られる言葉には嘘がない。」

これが、私が様々な衝撃的な言葉を聞いて思ったことです。
千葉高においては「職員・生徒一人一人を大切にする」と言えば、それは本当にそうなのです。
「千葉高では授業を大切にする」と言えば、それもまさしくその通りなのでした。


6.十分な教材研究の時間を確保するための知恵

私が千葉高に着任した時もそうでしたが、新任者は必ず副担任になります。最も楽な仕事です。そのメッセージは次の通りです。

「あなたは今年1年は、他の仕事をしなくともかまいません。その代わり、徹底的に勉強してください。」

千葉高でも数年経験すると、教材研究も当初と較べて余裕が出てきます。そういう先輩教師が、「~部長」などの雑事の多い役職を引き受け、新任者が教材研究に没頭できるようにサポートするのです。これも千葉高システムの一環であり、千葉高システムは、このように職員に「全体にとっての最善」を常に考えて行動することを求めており、必要としています。

また、他校では良くあることなのですが、特定の職員に仕事が集中するということが起きます。しかし、それではその教師が十分な教材研究の時間をとれず、良い授業を維持できなくなってしまいます。それを回避するための仕組みが一人一役制です。

これは、「担任」や「~部長」など、雑事の多い分掌を一役とし、決して一人が二役を掛け持つことがないようにするシステムです。その結果、全員が必要な教材研究の時間を取れるようになっています。

このように、千葉高システムとは、本当にどこまで行っても、どこを切っても金太郎飴のようにあらゆることが「最高度の授業を生徒に提供する」という一点に収斂しているのです。


7.精華・千葉高の時間割

「授業を大切にする」ことに関して千葉高には特筆すべきことがあります。それは千葉高の時間割です。この時間割の組み方に「授業を大切にする」の真骨頂があり、1つの精華と言ってもよいでしょう。

時間割作成はどこの高校でも大変な作業です。普通は数人でチームを組み、1週間くらいかけてコマ入れを完成させます。何とか全クラスの時間割ができればそれで万々歳です。しかし、千葉高の時間割作りは、そこから始まるといっても過言ではありません。

千葉高の時間割作りでは、生徒が授業に集中しやすいように、教師が授業をやりやすいように可能な限りのあらゆることが配慮され、調整されてゆきます。しかもこの作業をたった1人が全責任を負って行います。

実際にどのようなことが配慮・調整されていくのかをいくつか紹介します。

◆午前と午後の調整
たとえば、私が1年A組の地学の授業を週2コマ担当しているとします。その両方が午後になっていたら、1つを午前に移動します。やはり、午後は集中力が散漫になりやすいからです。

◆週の前後の調整
先ほどの1年A組の地学の授業が月曜日と火曜日だったとします。すると火曜日の授業の次の授業までに一週間近く空いてしまうので、生徒は前回何をやったから忘れがちになります。そうならないように2つの授業の間隔をあけるようにします。

◆理系の授業は連続させない
理系に進んだクラスは別として、一般には理系の授業が連続しないように配慮します。それは理系が苦手な生徒にとっても2時間連続の理系の授業はやはり負担になると思われるからです。

◆授業の振り替えがしやすい時間割
千葉高の時間割には、ぱっと見てわかる1つの特徴があります。それはまる1日または半日授業が全くない曜日を持つ教師が多いということです。これはよく研修日などと言われていましたが、その目的は全く違います。
千葉高の教師は出張などで行かなくて済むものはできるだけ行きませんが、どうしても行かざるを得ない時に授業の振り替えをしやすくするためのものなのです。これもやはり「絶対に授業を潰さない」というコミットの表れなのです。

◆同じ授業を連続させる

このような作業を時間割係りは1ヶ月近く延々と行います。少しでも先生方が良い授業をできるようにという願いをこめて、たった1つのコマを動かすのに何時間もかけたりします。

しかし、これだけ多くのことを考慮すれば、さすがに難しい状況が生じてきます。たとえば、教師が4時間連続授業になってしまうとか。4時間連続授業というのは体力的にきつすぎて他校ではほとんどあり得ないと思います。しかし、千葉高では「あり」だし、可能なのです。なぜか?

それは、その4コマが全く同授業・同進度になるように時間割を組んでいるからです。こうすると、教師は、全く同じ授業を4回繰り返せばいいわけです。これは実際にやってみるとわかりますが、思いの他やりやすく、楽なのです。特に理科のように実験・実習を伴う教科は、実験器具を出しっぱなしで次の授業に入れるので、この調整は欠かせません。
逆に言うと「1年地学」「3年地学」「1年地学」のような3時間連続授業はあり得ません。


8.短い職員会議と十分な議論の両立

先ほど紹介した衝撃の一文は1つの例ですが、千葉高においてはありとあらゆることが「授業を大切にし、生徒に最高の授業を提供する」という一点に収斂していました。

とにかく教師が十分な教材研究の時間を取れるように余計なことはさせません。
また、会議においても十分な議論を尽くすということと、無駄な時間を省くということが工夫されています。

たとえば、職員会議は数十人という多すぎる人数で議論するため、普通はなかなか議論が深まらず、結論ありきのただのガス抜きの場になってしまうことが多いです。これは非常に無駄な時間です。しかし、千葉高においては実にサクサクと職員会議が進みます。

なぜかというと、職員会議に提出されてくる議題は、事前に各教科会議で十分議論され、全教科が一致してOKを出した議題だけが職員会議に上がってくるからです。ですから、極端な言い方をすれば、職員会議は、提案と説明があり、それに続いて「異議なし」の連続だけで終了してもおかしくはないのです。

もちろん、個人の発言を禁じているわけではないので、教科会議の中で自分の意見が通らなかった人は、職員会議でその意見を言うことができます。しかし、同じ教科の職員すら納得させることもできない意見が、全体の賛同を得られる可能性は極めて低く、時間の無駄になってしまうことが多いので、普通は発言を控えます。

ただ、全教科一致といってもそれは簡単ではありません。各教科会議で議論を重ねて得た教科としての意見を教科の代表が持ち寄り、そこで議論を深めます。そして、「これなら各教科も納得してくれるのではないか」とという案を作り、再び各教科に持ち帰ってそれでよいかどうか議論します。だめなら対案を出します。これを繰り返して全教科が一致して同意できる案を見つけ出します。

この過程は議題によってはかなり時間を要しますが、とても有意義な時間です。やってみるとわかりますが、このやり方の良いところは、議論の人数が適切なので、非常に議論が深まりやすいということです。各教科の人数は数人から10人程度ですし、気心が知れた仲なので、非常に意見が言いやすいのです。数十人の前で発言しなければならない職員会議では、発言にはかなり勇気が要り、気の弱い人はつい言いたいことも飲み込んでしまうことも多いでしょう。

この議論のシステムを知った時の感想は、「千葉高は、時間をかけるべきところには十分な時間をかけるのだなあ」でした。このようなシステムを持っていたからこそ千葉高は流行に惑わされず、高度な意図をもつ千葉高システムを時代を超えて維持し続けることが可能であったのだろうと思います。


9.私の大失敗

さんざん偉そうなことを言って来ましたが、私も大失敗をしたことがあります。というより失敗だらけです。

ある日、1年F組の地学の授業をするために5分前くらいに地学準備室に行きました。そこには同期のN先生と先輩のS先生がいました。2人とも顔が険しく、何があったのかと思ったら、S先生に次のように言われました。

「今、1Fの授業だったのだけど、森谷先生がいなかったので自習になりました。」

「!!!」

(「そういえば、時間割変更があったんだ・・・。」)

頭の中が真っ白になりました。
私が時間割変更のことをすっかり忘れてしまっていたのです。これだけ授業を大切にする千葉高で、教師が授業をすっぽかして自習にするなどあり得ませんでしたし、あってはならないことでした。

2人の先生は険しい表情のまま押し黙っています。私は何を言っていいかわからず黙っていました。しかし、生徒が地学室にいながら教師がいないというあり得ない状況が1時間も続く中、お二人の焦燥感はちょっと言葉では表現できないものがあったと思います。私は思わず深々と頭をさげ「本当に申し訳ありませんでした」と謝りました。
それを機にS先生が話し始めました。

「これは、極めて深刻なあってならない事です。こういうことがあると千葉高の根幹中の根幹が崩れてしまいます。」

もちろん返す言葉などありませんでした。

私はとにかく早く生徒に謝らなくてはと思いましたが、すでに生徒はいません。次の1F授業まで気が気ではありませんでした。
次の1F授業の時、授業の最初の号令挨拶もそこそこに生徒に謝罪しました。

「前回の授業の時には授業をすっぽかしてしまい、本当に申し訳ありませんでした。授業変更のことをすっかり忘れてしまっていました。とにかく、本当に申し訳ありませんでした。」

そう言って深々と頭をさげました。
生徒はどっと楽しそうに笑いました。それまで心なしか硬かった生徒の表情が一気にほぐれ、あちこちで笑顔が見られました。「ああ、この子達は許してくれたんだ」と思うと本当にありがたかったです。

千葉高生は、教師も一人の人間であり、しょっちゅう過ちを犯す存在だということをよくわきまえています。それを承知の上で遊んでくれている。そんな感じでした。私がした細かい失敗をあげればきりがありませんが、そのたびに「ごめん」「いや、いいですよ、先生(笑)」というやり取りが何回あったことか。
私は、彼らの大人っぷりにとても感謝していました。


10.授業は学力検査に準ずる

地学の先輩教師のS先生は、その後も授業を大切にするとはどういうことなのかをいろいろな機会を捉えて教えてくれました。たとえば、次のように言っていました。

「千葉高では授業は学力検査に準じます。」

なんと1つ1つの授業が入学試験に準じるというのです!ちょっと、普通の常識では考えられません。教師も病気になるし、そんな時は、学校に連絡して年休を取り、授業を自習にします。他校ではごく当たり前の光景です。

しかし、千葉高においてはそう簡単ではないのです。具合が悪くなった時が、もし、入学試験当日だったら安易に年休を取るわけにもいきません。よほどひどくない限り必死の思いで出勤します。S先生の言葉はそのくらいの覚悟をもって授業に臨めということでした。

S先生は続けました。

「だから、よほどのことでない限り、這ってでも出勤し、最低限の課題をつくり、生徒に指示を出し、その後に年休を取って休みます。」

厳しい。本当に厳しい。しかし、これが千葉高においての「授業を大切にする」ということでした。

ところで、千葉高には朝のショートホームルームがありません。そのかわり、朝の放送で、その日の大まかな日程や緊急連絡事項や突発的な自習の連絡が放送で伝えられます。「今日の○○先生の△△の授業は自習です」という連絡などです。
しかし、S先生は言いました。

「あそこで名前を出されていてはだめなんです。」

今まで教わったことを考えれば、それは当然のことでした。朝の放送で自習連絡の名前を出されるということは、その先生が突発的に授業を自習にしたということです。ですから、その先生がつらい病気を抱えていたり、余程の突発的なことがない限り、それはその先生が授業を軽視していることを意味しているからです。

それから、あまり記憶が定かではないのですが、私が千葉高に着任した時には、朝の放送での自習の連絡は、週に2回くらいだったように記憶しています。それは徐々に増えていきましたが、S先生が着任した当初は、年に数回くらいしかなかったそうです。

また、英語のI先生が言っていたのですが、私が在任中の期間でも、千葉高教師は10年近く勤務し、その間1度も自習を作ることなく他校に転勤していく人の割合は、8割くらいだそうです。これは凄いことだと思います。


11.カリスマ教師の勉強量

今までもそうでしたが、ここでは特に、自分のことを大いに棚に上げて、カリスマといわれた千葉高教師がどれほど勉強したのかを紹介します。他教科の事はよくわからないので、理科の先輩カリスマ教師の勉強量について。

まずは、3月25日の校長面接の時に登場した生物のK先生について。
K先生には、実際に数え切れないくらいほど質問させていただきました。質問項目で言えば、優に数十は超えていると思います。
しかし、驚くべきことに、K先生はその全ての質問に即答したのです!完全な答で、全くなんの不明点もない明快な答えでした。

私も一応理科教師の端くれです。生物に関してはど素人ですが、科学全体のそれなりのバックグラウンドは持っています。そして、何より、お忙しい中で教えを請うためには、自分でも十分調べ、専門書も紐解き、それでもわからないことを質問するくらいの常識はわきまえています。ですから、私がした質問の中には、かなり高度なものもあったはずです。

しかし、その質問全てにことごとく即答するK先生を見て、「この先生は、いままでどれほど凄まじい勉強をしてきたのだろうか?」と思わざるを得ませんでした。K先生の説明を聞いて、そこに関連する新たな疑問が生じることも多々あったのですが、そういうさらに突っ込んだ即興の質問に対してもことごとく即答なのです。

立場が逆なら同様なことはあり得ず、私は教科指導の力に関して私とK先生との間には埋めがたい開きがあることを感ぜずにはいられませんでした。

また、次のようなこともありました。
卵割について調べていたのですが、浸透圧が関係することで、ちょっとした疑問が出てきました。気になったのでいろいろ調べてみたのですが、どこにも載っていません。たいした問題とも思えなかったので、なかば申し訳ない気持ちでK先生に質問に行きました。
K先生の第一声は意外なものでした。

「その説明は、どこにも載っていないんですよね。」

そして、「この情報には金がかかっています」と言って笑いながら質問に答えてくれました。

どういうことかと言うと、K先生も私と同じ疑問を持ち、調べ尽くしたのだけど、どこにも解説がない。それで、その専門の国立大学の教授に教えを請いにわざわざ出かけていって教えてもらったという事でした。同様なことを何度もしたようです。なんという熱意でしょうか!

K先生は、「国立大学の教授は、社会に貢献する義務があるので、こういう質問をすると喜んで教えてくれます。それに、質問に行くと、高校教師がいかに何も知らないかも理解してくれます。」と言って笑っていました。

もう一人は、化学のカリスマ教師であるM先生。千葉高のOBでもあります。
ある学年成績会議の時、何人かの先生が「どうも最近の千葉高生は、以前のようには勉強しなくなった」という趣旨のことを話していました。それまで黙って話を聞いていた化学のM先生が、唐突に次のように言いました。

「先生方、頭から血が出るまで勉強してください。僕はそうしてきました。」

その瞬間、会議室は水を打ったかのように「シン」と静まり返りました。
私も含めて誰もまったく返す言葉がありませんでした。ふだんのM先生の様子を見れば、M先生が今でも見上げるような真剣さをもって授業に取り組んでいることは誰の目にも明らかだったからです。おそらく、M先生は、教師が自分の勉強不足を棚に上げて、生徒を批判する姿にがまんがならなかったのでしょう。

また、M先生が生徒からの要望を受けて、千葉高について語った文章を読ませていただいたことがあります。その中に次のような一文が載っていました。

「千葉高は学問を通して教師と生徒の魂が触れ合う場」

こんな崇高な言葉は、私の中からは100年たっても出てきません。しかし、M先生はこのような崇高な授業を今日までずっと続けてこられたのだと思います。生徒からの信頼も絶大だった訳です。

お二人のカリスマ教師の勉強量を紹介しましたが、千葉高の中でも極めて優秀だった生徒のI君は、K先生について次のように語っていました。

「僕はK先生を尊敬しています。何かを手伝ってちょっとでも御礼を言われたりほめられたりすると凄く嬉しい。」

この言葉が、「千葉高においては教科指導と生活指導が一体」と言われる所以を端的に表しています。千葉高生は、最高の授業を提供しようと全力で勉強し、高い教科指導の力を持っている教師には、絶大な信頼を寄せ、教科以外でもその言葉に真剣に耳を傾けてくれるのです。
逆に授業をおざなりにしている教師の言葉など、馬鹿にして、生活指導もヘチマもないのです。


12.1つではない答え

「千葉高は答えが1つではない所」

この言葉は、千葉高がどういう存在かを実に端的に表しています。
例を挙げてみます。

ある日、囲碁部員でまじめなH君が、私との雑談の中で、「先生、今日、掃除をしていたら、ある先生に『そんなに掃除をすると千葉高生らしくないからあまりやるな』と言われちゃいましたよ。」と言いました。

私はその話を聞いて、思わず笑ってしまいました。きっと、古くからいる先生から言われたのでしょう。

では、千葉高生は掃除をしないのが正しいあり方なのか? 否。
では、千葉高生は掃除をするのが正しいあり方なのか? やはり否。

どちらもあり、というのが千葉高なのです。
これは、元をたどれば「職員一人一人、生徒一人一人の考えや思いを大切にする」から来ています。これが徹底しているのです。

このように千葉高においては特定の価値観を押し付けられる心配がないので、教師は何の後慮の憂いなく、生徒にとって1番大切だと思うことを追求し、授業で提供することができます。生徒もまた同様であり、自分の考えに従って、自由にやりたいことができる環境が整えられています。ただ、あまりにも自由すぎて、放置されていると思っていた生徒もいたようですが(笑)


13.自主自律

ここまで読んで「なんだ、千葉高では掃除しなくてもいいのか。じゃあ、しないことにしよう」と、もし思った在校生がいたらその人に一言。
「あなたは千葉高の自由というものを全く理解していないし、その自由を享受する資格もありません。」

なぜでしょうか?
自由と責任の関係を端的に表す次の話を思い出してください。
「千葉高教師は、他から批判される心配なく、生徒にとって1番良いと思う授業を全く自由にすることができる。ただし、授業で起きることは全てその担当教師の責任である。」

換言すると、「他から一切影響されず、自分の選択として行動するから自由であり、それは完全に自分の責任」なのです。「自由」という言葉は、そもそも「自ずからに由る」(おのずからによる)」という意味です。責任転嫁は「~のせいで自分はこうする」ということですから、あなたの行動はあなた以外の何かに支配されているわけで、そこに自由はありません。

話を元にもどすと、もしあなたが「千葉高生は掃除をしてもしなくともよい」と言う誰かの言葉を元に掃除をしないことにするならば、それは自分が掃除をしないことを自分以外の人のせいにしています。つまり責任転嫁であり、他律です。そこに自由はありません。

このように自由と責任は、紙の裏表のような関係であって、決して切りはなすことはできません。

たくさんの人がいろいろなことを言います。そしてあなたはそれらに耳を傾けることが必要なこともあるでしょう。しかし、最終的には誰が何を言ったかなど全く関係なく、他の誰のせいにもせず、あなたの決断として、あなたは自分の行動に全責任を負って行動して初めて自由が得られるのです。それが「自ずからに由る」千葉高の自由です。

また、千葉高システムは、管理職と他の職員集団との信頼関係、職員と生徒との信頼関係の上に構築されています。信頼関係を大前提としたシステムなのです。だからこそ、生徒は職員の信頼を裏切らないように自主自律が絶対条件となりますし、一般職員は、管理職の信頼を裏切らないように職員内での自主自律が絶対条件になります。

実際に私自身も、千葉高システムについてよくわかっていなかった1~2年目くらいは、管理職からではなく、先輩の教師から指導していただいたり、時には先輩の先生お二人ににわざわざ呼び出されて厳しいお叱りの言葉を頂いたこともあります。これも職員間の自主自律の一環です。

ただ、そのお叱りの意図は、千葉高システムを維持することであり、その目的は「生徒に最高度の授業を提供する」ためであることは私にとって極めて明確でしたので、なんの抵抗もなく素直に耳を傾けることができました。

また、私は千葉高在任中によく次のようなことを生徒に話しました。
「生徒が何か失敗をして教師に注意されて行動を改めるというのは他校ではごく当たり前のことです。権利と言ってもよいでしょう。でも、それは千葉高生にとっては当たり前ではありません。
なぜかと言うと、千葉高の職員は千葉高生の大人としての良識を信頼しており、教師に注意される以前に自分で考え自分で自分の行動を修正できることを信じ、求めているからです。だから、千葉高生は教師に注意されるようでは、千葉高生としてまだ至らないといわざるを得ないのです。」

厳しいですよね。でも、皆さんの先輩方が、職員からのそういう信頼にきちんと応えてき続けてくれたからこそ、今の素晴らしい自由な千葉高校があります。


14.生徒がやりたいことを尊重する

ある時、囲碁部の女子部員のSさんが「森谷先生って、生徒が何かやりたいと言えば、やってみなよ、という人なんですよね。」と笑いながら話しかけてきました。

それは、まさにその通りなのですが、この姿勢は、実は千葉高教師全体に共通するものなのです。それはやはり「職員生徒一人一人の価値観や思いを大切にする」から来ています。生徒一人一人の思いを大切にするのだから、生徒が「~したい」と言えば、当然それは最大限尊重されることになるわけです。実に言葉通りであり、シンプルで嘘がありません。

この話をするといつも思い出すのは、あるクラスが文化祭で、2階から中庭に降りるジェットコースターを作りたいという申請があった時のことです。これは相当に危険を孕んでいます。生徒が怪我をしてももちろん大変なのですが、何よりも問題なのは、お客さんに怪我をさせてしまうことです。これは対外的な責任も当然問われ、大問題になります。

安全性の確保という点から、意見が割れました。私の感覚からは中止が妥当かと思いましたが、結論はOKでした。ただし、担任教師が文化祭の期間中ずっとそこに張り付き、安全の確保に努めるという条件付でした。これも生徒の思いを最大限尊重すると理念が徹底している結果でしょう。おそらく担任のA先生は寿命が何年か縮んだのではないでしょうか。

また、おそらく、千葉高ほど新しい部活を設立しやすい高校は、そう多くはないと思います。


15.千葉高における国旗国歌問題

私が千葉高に着任した頃、入学式の前に必ず1枚の文書が新入生に配られました。そこには「日の丸・君が代については、人によって様々な思いがあるので、それを最大限尊重します。君が代斉唱なども強制するものではありません」という趣旨のことが書かれていました。そして、担任は必ずそれを新入生に説明してから入学式に臨みます。

やがて、国旗国歌法が制定され、そのような文書による指導は問題があるのではないかとことになり、口頭だけでの説明になりました。現在は、口頭での説明がなされているかどうかも定かではありません。

実は私は千葉高勤務時代は、日の丸・君が代については「血塗られた悪の日本軍の象徴」というイメージしかありませんでした。ですから、式典に担任以外の立場で参加し、目立たない所にいるときは、国歌斉唱のときに不起立で斉唱もしないこともありました。それを「自分の良心に忠実な行動」として軽く誇りにも思っていました。

その後、近代史に関する本をいろいろ読み、特に日本が侵略戦争をしたと最初に結論付けた東京裁判のデタラメさを知り、私の歴史認識は180度変わりました。今では、日本・日の丸をとても誇りに思っています。
ですから、生徒への国旗国歌の指導は一般論としての私の考えは次のようになります。

「他国の国旗でも自国の国旗でも国旗に敬意を払うのは世界の常識。従って生徒へもそのように指導すべき。」

しかし、こと千葉高に関しては違います。千葉高に関しては次のように言いたいと思います。

「国旗国歌に関する生徒一人一人の思いを最大限に尊重し、国歌斉唱などは完全に本人の意思に任せる。」

世界の常識を教えるところまではどういう場合でも必要だと思います。そうしなければ、生徒が世界に出た時に恥をかいてしまいますし、場合によっては命の危険にも晒されかねません。
しかし、その常識を教えた後は、千葉高の場合は、完全に本人の意思を尊重すべきというのが私の主張です。

なぜ、千葉高だけそのように特別扱いするのだろうと思うでしょう。それは千葉高が特別だからです。私のささやかな経験からの判断ですが、千葉高の何がそんなにが特別なのかと言うと、千葉高校は本当に本気で「職員・生徒一人一人の価値観や思いを尊重している」からです。
これが、単なる標語ではなく、生きた言葉として、千葉高システムのあらゆる所に浸透していることはすでにご理解いただけていると思います。

千葉高においては、ありのままの生徒がそのまま最大限受け入れられ、大切にされています。これは、一言で言えば、「そのままのあなたで良し」と言うことであり、生徒を無条件で愛するということにつながってゆくことではないでしょうか?そして、これ以上の教育があるでしょうか?

この中には、何かを教えるという事は含みませんが、その土壌の上に真の教育が花開く教育の根幹中の根幹だと私は思います。

ありのままの生徒をそのまま最大限受け入れて愛することと較べれば、「国旗国歌法がどうした」とか「思想信条の自由がどうした」とかは、私にとってはどうでもよいことなのです。ただ、私自身が「ありのままの生徒をそのまま最大限受け入れて愛する」ことをあまり実行できて来なかったことが自身の葛藤の種なのですが・・・。

しかし、とにかく私は、教育者であって、政治家ではありません。その私にとって、目の前の生徒の思いを大切にすることが、何よりも大切な事に思えます。そして、それをシステムとして完成していいる千葉高システムは本当に素晴らしいと思います。


16.安保闘争と千葉高システム

千葉高システムの原型がいつできたのかは私はわかりません。しかし、その壮大かつ精緻なシステムが完成したのは、学園紛争以後のことだと思います。
以下は、先輩の先生に尋ね、教えていただいたことです。

学園紛争時、千葉高も荒れに荒れ、生徒は図書館に立てこもり、機動隊も入り、授業どころではありませんでした。職員会議は紛糾し、連日連夜深夜に及び、とうとう一ヶ月の残業が100時間を超え、労働争議にもなりました。

生徒との話し合いも何回となく行われましたが、一向に埒があきませんでした。そんな中でも、はやり、生徒が真剣に耳を傾けたのは、普段からきちんとした授業をしていた先生の言葉だったそうです。そのような果てしないとも思われる混乱の中で、教師集団が最後に出した結論が、

「とにかく我々は教壇に戻ろう。」

でした。
その後の詳しい経緯はわかりません。しかし、例のカリスマK先生に頂いた資料などから察するに、そこから膨大な議論と試行錯誤の果てに、「生徒に最高度の授業を提供する」ということを最終目的とする今の千葉高システムが完成したのだと思います。


17、千葉高システムを維持する原動力

何度も繰り返して述べてきましたが、千葉高システムは、最終的に「生徒に最高度の授業を提供する」という一点にその焦点が絞られています。そして、この高い意図は、教師集団と生徒の高い意識によって支えられており、教師と生徒が千葉高システムを大切に守れば、千葉高システムが、教師と生徒を守護してくれるという関係になっています。

しかし、これは裏をかえせば、教師が「自分が楽をしたい」とか、「書類の提出が少しくらい遅れてもいいだろう」というような教師のエゴや甘えが入ってくると、千葉高システムはガラガラと音を立てて崩れてしまうということです。

生徒に関しても同様です。生徒が自主自律の気概を失ったり、自由と身勝手を勘違いしたリすれば、やはり、生徒を守る千葉高システムは崩れてしまいます。


18、私の中の千葉高校

私は、千葉高において教師になって初めて、その全き自由の中で、自らの責任において、自分自身が正しいと思う考えに従ってホームルーム経営や授業を行うことができました。そして、教師になって初めて、教育をしているという喜びを体感的に得ることができました。そのお蔭で、私は自分の教師人生に悔いはないと断言することができます。

そして、それは、千葉高システムの恩恵だけでなく、相当に高度に抽象的な会話をしても、それに賛同するかどうかは別問題として、きちんとそれを理解し受け止めてくれる生徒の存在がやはり非常に大きかったのです。そういう意味でも私は10年間一緒に過ごしてくださった当事の教え子の皆様方には、心から感謝しています。

私は、千葉高校の教壇に立たせていただいたことを心から光栄に思うと同時に、この素晴らしい千葉高校を築いてくださった過去の偉大な先輩先生方、同僚の先生方、そして生徒や卒業生の皆様方に心からの感謝をささげ、千葉高校の益々の発展を祈り続けています。


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